【適応障害のその後】「逃げた」先で見つけた、職業訓練校での「3ヶ月間の挑戦」

私について

こんにちは、ねこまるです!

前回の記事では、適応障害と診断され、逃げるように退職したお話をしました。
まだ読んでいない方は、先にこちらをご覧ください。

「もう体調に振り回されたくない」
「自分のペースで働けるスキルが欲しい」

そんな思いで、ニート期間を経て私が選んだのは、「職業訓練校」に通うことでした。

飲食一筋だった私が、未経験からWebデザインの世界に飛び込んだ3ヶ月間の記録をお話しします。

「新たな手に職」を求めて職業訓練へ

退職後、少しの療養期間を経て、私はハローワークに通っていました。
そこで担当の職員さんに教えて頂いたのが「職業訓練(ハロートレーニング)」でした。

これまでの私は、レストランでの接客や調理など、いわゆる「現場仕事」ばかり。
もちろんやりがいはありましたが、
双極性障害を持つ私にとって、不規則なシフトや肉体労働は諸刃の剣でした。
(この時はまだ双極性障害であることは知りませんでしたが…)

「パソコン一つで仕事ができれば、体調の波があってもなんとかなるかもしれない」

そんな淡い期待を抱き、私は「Web・スマホデザイン科」への入校を決めました。

Web業界への興味

私がWebデザインに興味を持ったきっかけは、コロナ禍でした。

当時、飲食業界は休業を余儀なくされるなど大ダメージを受けており、
「このままでは生活できなくなるかもしれない」という強烈な不安に襲われました。

実は私には、中学生の頃から「自分の店を持つ」という夢がありました。
しかし、一つのことを突き詰めるのが苦手な私は、「いざお店を持っても上手くいく自信がない」と、あと一歩を踏み出せずにいたのです。

そこへ追い打ちをかけるように起きたパンデミック。

コロナ前は「衣食住に関わる仕事だから一生安泰だね」と言われてきましたが、現実は違いました。
今の時代、美味しい料理を作るだけでなく、SNSやWebを活用して集客しなければ生き残れないことを痛感したのです。

「飲食とは別の軸で、何か『手に職』をつけたい」
「でも、やっぱり何かを『創る』ことに関わっていたい」

そう考えて興味を持ったのが、デザインの世界でした。

活字が苦手な私は、YouTubeで動画を見漁り、見よう見まねで副業に挑戦し始めました。

  • ロゴなどのグラフィックデザイン
  • ブログ
  • せどり

いろいろ手を出しては挫折の繰り返し。
最後に辿り着いたWebデザインも、最初はデザインが上達せず、コードもさっぱり理解できませんでした。

けれど、一つだけ違ったのは「楽しかった」という感覚です。
「これなら、ちゃんと学んでみたい」 そう思っていたタイミングで職業訓練校の話を聞き、私は迷わず入校を決めました。

久々の「学校生活」は、刺激がいっぱい

訓練校生活がスタート。私が選んだのは、Webサイト制作を基礎から学べるコースでした。

  • HTML/CSS:Webページを作る呪文のような言語
  • デザインツール:PhotoshopやIllustrator

最初は「パディング? 何それおいしいの?」状態でしたが(笑)、
新しい知識が頭に入ってくる感覚は、久しぶりに味わう心地よい刺激でした。

体を使う仕事とは違う、「脳が汗をかく」感覚。
「あ、自分はまだ新しいことを覚えられるんだ」と、少し自信を取り戻しかけていました。

突然の急降下。「馬鹿にしてるのか」

しかし、メンタルの波は突然襲ってきます。

残り一ヶ月になった放課後のこと、私は隣の席の人と、先生の3人で雑談をしていました。
その場は普通に盛り上がり、「あー、楽しかったな」と思って帰宅しました。

事件が起きたのは、その翌日です。
学校に行くと、昨日あんなに普通に話していた隣の席の人から、信じられない言葉を投げつけられました。

「あのさー、昨日のことなんやけど、馬鹿にされてるみたいでムカつく。」
「顔も見たくないからどっか行け!」

え……? 頭が真っ白になりました。
私としては楽しく話していたつもりだったのに、相手には「上から目線」や「馬鹿にしている」ように映っていたのかもしれません。

電車の中じゃないのに、息ができない

言われた直後は、呆然として言葉が出ませんでした。
しかし、その言葉はボディブローのようにじわじわと効いてきました。

数時間後、授業を受けている最中に、あの感覚が戻ってきたのです。

  • 心臓が早鐘を打つ
  • 手足が冷たくなる
  • 空気が吸えない

過呼吸です。
以前、満員電車で起きた発作が、まさか学校の教室で起きるなんて。

「ああ、やっぱり私はダメなんだ。人間関係なんて無理なんだ」

その日は早退し、それから数日間、学校に行くことができなくなりました。

「こっちにおいでよ」救ってくれた仲間たち

数日後。
「このまま辞めてしまおうか」と悩みながらも、私は重い足取りで学校へ向かいました。
教室に入るのが怖い。
あの人の隣に座るのが怖い。

そんな私を救ってくれたのは、クラスの中で仲良くしてくれていた別の「仲間」でした。
事情を知った仲間は、私にこう言ってくれました。

「気にしなくていいよ」
「席、こっちに変えちゃいなよ」

本来、席は決まっていたのですが、先生や周囲の配慮もあり、「席替え」をして仲間の近くで授業を受けられることになったのです。

「一人じゃない」と思えたから、最後まで走れた

席を移動し、信頼できる仲間に囲まれた環境は、私にとって最強のシェルターになりました。

分からないところを教え合ったり、休憩時間にたわいない話をしたり。
「あの人の機嫌を損ねないようにしなきゃ」と怯える必要はありません。

おかげで、私は再び安心して課題制作に没頭できるようになりました。

特に力を入れた就職活動用のポートフォリオ(作品集)。
デザインからコーディングまで、全ての工程をやり遂げられたのは、間違いなく彼らが心の安全基地を作ってくれたおかげです。

3ヶ月で手に入れたのは「スキル」と「絆」

いろいろありましたが、無事に3カ月のコースを修了しました。
手に入れたのは、Webの基礎スキルだけではありません。

  • 基礎スキル:簡単なWeb構築や画像加工ができるようになった
  • 成功体験:トラブルがあっても、助けてくれる人がいれば乗り越えられると知った
  • 仲間との絆:大人になってからできる友人は貴重です

もしあの時、一人で抱え込んでいたら、私は間違いなくドロップアウトしていたでしょう。

まとめ:SOSを出して、環境を変えよう

社会復帰のリハビリ中、人間関係のトラブルは避けられない事故のようなものです。
でも、そんな時こそ「逃げる」のではなく「場所を変える」工夫が大切です。

  • 一人で抱え込まず、誰かに話す
  • 物理的に距離を取る(席替えなど)
  • 味方になってくれる人の近くに身を置く

「助けて」と言えた自分と、助けてくれた仲間。
その経験もまた、私の大切なリハビリの一部になりました。

【免責事項】
本記事の内容は、筆者の個人的な体験談であり、医学的なアドバイスではありません。 症状や治療法には個人差があります。
具体的な診断や治療方針については、必ず主治医や専門機関にご相談ください。

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