「うつ病」じゃなかった!?診断直後に訪れた「無敵モード」の罠と、躁状態で決めた衝撃の再就職

私について

前回の記事では、職業訓練校での「人間関係のトラブル」を乗り越え、無事に修了したお話を書きました。

まだ読んでいない方は、先にこちらをご覧ください。

「Webスキルも身についたし、いよいよ再出発!」 そう思っていた私ですが、実はここからが本当の闘いの始まりだったんです。

今回は、訓練校修了後の「空白の1ヶ月」に判明した衝撃の事実と、 その直後に訪れた「躁(そう)状態」での再就職についてお話しします。

「自分はうつ病だと思っていたけれど、薬が効かない」 そんな悩みを持っている方、もしかしたら私と同じかもしれませんよ。


せっかくスキルを得たのに…動けなかった

私はWebデザイン科の訓練を修了しました。

手元には自分で作ったポートフォリオ(作品集)。
本来なら、これを武器にWeb制作会社へ応募するはずですよね。
でも、私は一通も応募できませんでした。

「また人間関係で失敗したらどうしよう」
「実務未経験の自分が通用するわけがない」

過去のトラウマが蘇り、求人サイトを見るだけで動悸がしてしまったんです。
「焦っちゃダメだ」と言い聞かせ、ひと月は完全に休養することにしました。

転機は突然に。「うつ病」じゃなかった?

療養に入った当初は、鬱っぽくて何もやる気が起きず、ただゴロゴロする日々でした。

しかし半月ほど経ったある日、急に「仕事がしたい!」と思うようになり、ハローワークに通い始めました。 そんなある日のこと、、、

「最近、なんだかイライラする…」

そう感じていた私は、妻の助言もあり、思い切って通院していた病院を変えてみることにしました。 当時の私は、精神的にかなり不安定な状態でした。

  • 息子の言動にすぐイライラする
  • 自分の頭を殴る
  • リストカットしそうになる
  • 死を想像する

これらを日々繰り返していたのです。

そして、新しい病院へ。 これまで受けてきた検査や飲んできた薬を見せ、現状を話したところ、先生の第一声は意外なものでした。

「かなり強い薬飲んでるね…」

その後も新しい先生とじっくり話した結果、告げられた病名は予想外のものでした。

「ねこまるさん、これは適応障害やうつ病ではなく、双極性障害ですね」

双極性障害(そうきょくせいしょうがい)とは?
昔は「躁うつ病」と呼ばれていました。 気分が落ち込む「うつ状態」と、気分が高揚して活動的になる「躁(そう)状態」を繰り返す病気です。

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正直、驚きました。

帰りの電車で双極性障害について調べまくりました。
そして「だから今まで、急に元気になったり落ち込んだりしていたのか」と、妙に納得したのを覚えています。

病名が分かっても、波は止まらない

「やっと分かった。これで適切な薬も飲めるし、治療方針も定まる。もう大丈夫だ」

会計を待ちながら、私は深く息を吐きました。

まるで、長く暗いトンネルの出口がついに見えたような、そんな希望に満ちた瞬間でした。
しかし、それは大きな勘違いでした。

診断名がついたからといって、私の脳内を駆け巡る電気信号が急に穏やかになるわけではなかったのです。

脳内で鳴り響く「無敵モード」のファンファーレ

安心したのも束の間、私の脳内ではすでに、恐ろしいほどの勢いで「躁状態」のスイッチが入っていました。
それは徐々にではなく、ある日突然、カチリと切り替わったような感覚です。

帰り道、景色がいつもより鮮やかに見え、身体が羽のように軽く感じる。

「今の私なら何でもできる気がする!」

根拠のない全能感が、足元から湧き上がってきました。

昨日まであれほど悩んでいたWebデザインの仕事の行き詰まりなど、あまりにもちっぽけなことに思えたのです。

「Webデザインはやっぱり無理かな?」

その瞬間、思考は突拍子もない方向へと飛躍しました。
「Webデザインもやりながら、料理人としてもやって二刀流でやっていこう!!!」

暴走するアイデアと止まらない衝動

一度火がついた思考の導火線は、もう誰にも止められません。

私の脳内では、驚くべき「完璧なシナリオ」が完成していました。
それは、Webデザイナーとしてのキャリアを捨てることではなく、得意の料理と掛け合わせることで、唯一無二の存在になるという計画です。

「Webデザインと料理人の二刀流……これだ! これこそが私の進むべき道だ!」

そう思い立った瞬間、私は猛烈な勢いで行動を開始しました。

早速、飲食店に特化したデザインサービスを開始しました。
ロゴを作り、Webサイトを作り、SNSを始めました。

料理人としては、直ぐにハローワークに行きました。

「朝早く起きてWebデザイン、昼は料理人として腕を振るう、夜は育児をする。
私のサイトで集客して、私のデザインでブランディングする。最強じゃないか!」

客観的に見れば、どちらか一方だけでも体力を使う仕事です。

しかし、その時の私には「二倍の仕事」が「二倍の楽しさ」にしか見えていませんでした。

圧倒的な「万能感」の前では、それら全てが、輝かしい未来を邪魔する無意味なノイズとして処理されていきました。

「疲れる? そんなわけない。今の私には無限のエネルギーがあるんだ。寝ている時間がもったいない!」

二つのプロフェッショナルを同時に極めるという、あまりにも無謀で壮大な夢。

それを「絶対に実現できる」と本気で信じ込み、一睡もせずにパソコンの画面とキッチンを行き来する。その異常なまでの高揚感こそが、双極性障害が仕掛けた「躁」という名の罠だったのです。

診断書では止められない「波」の恐怖

これが、双極性障害の最も恐ろしいところです。

病名が分かり、自分が病気であると頭では理解しているはずなのに、感情と衝動がそれを完全に無視して暴走する。

「自分は病気だ」という自覚よりも、「自分は何でも出来る「今こそ絶好調だ」という確信の方が、何倍もリアルに感じられてしまうのです。

あの時の私は、崖に向かってアクセルを全開に踏み込んでいることに気づかず、「最高のドライブだ」と叫んでいるような状態でした。

病名というラベルが貼られても、脳内の嵐は止まりません。

むしろ、「やっと解放された」という安堵感が引き金となり、抑え込んでいたエネルギーが爆発してしまったのかもしれません。

あの日の高揚感は、私の才能でも希望でもなく、ただの「症状」だったのです。
その事実を受け入れるには、もう少し時間が必要でした。

どん底から「シェフ」へ?躁状態の勢いで決めた再就職

就労継続支援B型事業所での「シェフ」復帰

そんな「やる気MAXモード」のまま、ハローワークへ直行。 障害のある方が働く「就労継続支援B型事業所」を、 紹介してもらうことにしました。

※就労継続支援B型とは?

障がいのある利用者と雇用契約を結ばず就労をサポートする

就労継続支援B型とは、障害者総合支援法で定められた国の就労支援サービスの一つです。病気や障がいなどがあり一般就労が難しい人を対象に、就労機会の提供と職業訓練をおこないます。

ジョブメドレー

紹介されたのは、カフェを併設する事業所でした。
なんと翌日には面接を受け、「シェフ」の打診が。

代表からは、次のような熱い要望が飛び出します。

  • 畑の野菜を使った本格的な料理
  • グルテンフリーやオーガニックへのこだわり
  • 利用者さん(20名弱)への美味しい給食提供

まさにゼロからの「お店立ち上げ」と同じ状態でした。


「面白そう!」と即答した躁状態の自分

普通なら「ブランクがあるし、負担が大きそう」と、 少し慎重になる場面ですよね。

でも、当時の私は「躁状態」の真っ只中です。
双極性障害特有の、根拠のない自信が溢れていました。
「面白そう!全部やります!」と即答してしまったのです。

ちなみに、この時の雇用形態は「障害者雇用」でした。
自分の病気を伝えた上での再出発です。
「今の自分なら何でもできる」と信じて疑いませんでした。


飲食経験と「やりたいこと」が重なった瞬間

私はこれまで、ホテルやカフェで調理の経験を積んできました。
調理師免許やコーヒースペシャリストの資格も持っています。

「自分のスキルを誰かのために使いたい」という想いと、 「本格的な料理を出したい」という事業所のニーズ。
それがカチッとハマった感覚があったのです。

メニューも動線も決まっていないカオスな状況。
それが、かつての「現場魂」に火をつけてしまいました。


止まらないエンジン。「スーパーねこまる」爆誕

入職初日から、私はフルスロットルで駆け抜けました。

  • 業者選定・厨房レイアウト:全部一人で決める
  • レシピ開発:カフェメニューを次々と考案
  • 家事・育児:帰宅後もこなし、休日は子供と全力で遊ぶ

体力が落ちていた事もあり少ししんどかったですが、
頼られると力が湧いてくる性分で無我夢中で突っ走っていました。

この時私は、双極性障害のことなんかすっかり忘れていました。


まとめ:暴走列車「スーパーねこまる号」、発車!

今回の記事では、職業訓練校修了後の「空白の1ヶ月」から、まさかの診断変更、そして「躁状態」による怒涛の再就職劇までをお話ししました。

ポイントを振り返ると、以下の通りです。

  • 診断名の変更: 「うつ病」だと思っていた不調の正体は、気分の波が激しい「双極性障害」だった。
  • 躁(そう)の罠: 病名が分かって安心したのも束の間、脳内麻薬のような万能感に支配され、冷静な判断ができなくなってしまった。
  • 二刀流への挑戦: 「Webデザイン」と「料理人」を同時に極めるという、無謀な計画を本気で信じ込み、障害者雇用でシェフとしてのキャリアをスタートさせた。

今振り返れば、この時の私は完全に**「エネルギーの前借り」**をしていました。 「頼られる喜び」と「湧き上がるアイデア」に酔いしれ、自分の限界というブレーキが完全に壊れていたのです。

「病気であることを忘れ、健常者以上に働きまくる」

この矛盾した全力疾走が、果たしてどのような結末を迎えるのか。 「スーパーねこまる」の快進撃はいつまで続くのか、そしてその後に待ち受けていた現実とは……。

次回の記事では、就労継続支援B型事業所での奮闘と、その裏で忍び寄ってきた**「反動」**について赤裸々に語りたいと思います。

同じように「調子が良い時と悪い時の差が激しい」「急に大きなことを始めたくなる」という方がいたら、ぜひ私の失敗談を参考にしてくださいね。

それでは、また次回の記事でお会いしましょう!

【免責事項】
本記事の内容は、筆者の個人的な体験談であり、医学的なアドバイスではありません。 症状や治療法には個人差があります。
具体的な診断や治療方針については、必ず主治医や専門機関にご相談ください。

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